大判例

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高松地方裁判所 昭和57年(ヨ)278号 決定

債権者

谷口忠光

債権者

松木正

債権者

山田兼夫

債権者

中村政廣

債権者

佐々木久男

債権者

中村誠一

債権者

大井信雄

債権者

滝敏清

債権者

高杉武志

債権者

太田浩

債権者

松原博忠

債権者

加藤直之

債権者

中村修身

債権者

川田清

債権者

丸山米次

債権者

中西照男

債権者

中條弘

債権者

川西數美

右一八名代理人弁護士

藤本正

高村文敏

久保和彦

臼井満

債務者

日本エタニットパイプ株式会社

右代表者代表取締役

三谷繁

右代理人弁護士

高井伸夫

加茂善仁

主文

一  本件申請をいずれも却下する。

二  申請費用は債権者らの負担とする。

理由

第一申立

債権者らの申請の趣旨及び理由は別紙記載のとおりであり、債務者は主文同旨の裁判を求めた。

第二当裁判所の判断

一  当事者及び解雇の意思表示(当事者間に争いのない事実)

1  債務者会社(以下、会社という。)は昭和六年二月に設立され、現在肩書住所地(略)に本社を置き、埼玉県北葛飾郡鷲宮町に鷲宮工場(同所に鷲宮工場建設事務所及び中央研究所をも設置している。)を、同県入間郡毛呂山町に埼玉ヒューム管工場を、佐賀県鳥栖市に鳥栖工場を、そして東京・大阪・九州・北陸・東北・北海道・名古屋にそれぞれ地域名を冠する営業所を置き、石綿セメント管(以下、石綿管という。)、コンクリート管(ヒューム管ともいう。以下、ヒューム管と称する。)等各種導管及びその付属品の製造並びに販売、建設工事の請負を目的とする資本金一〇億八六〇〇万円、従業員数二二五名(昭和五八年一月現在)の株式会社である(なお、かつて蒲田鋳造所と大宮工場が存在したが、前者は昭和五五年一一月一五日、後者は昭和五七年一月ころ閉鎖した。)。

2  エタニットパイル株式会社(以下、パイル社という。)は、昭和九年一二月以降会社高松工場として存在していたのを昭和四四年一二月、会社及び申請外日本セメント株式会社の同額出資により会社から分離し、独立の法人として設立され(その後、昭和五七年八月、会社が申請外日本セメント株式会社より全株式を取得した。)、香川県高松市屋島西町に本社・工場を置き、パイル及びヒューム管その他セメント製品の製造並びに販売を主たる目的とする現在資本金三億円の株式会社である。

3  債権者らはいずれも別紙債権者目録(略)記載の日時に会社に雇用され同社高松工場において勤務していた者であって、同目録記載の日時にパイル社に出向を命じられた会社の従業員である(基本給、諸手当、社内経歴、解雇当時の職種は同目録記載のとおりである。)。

なお、会社及びパイル社の在籍従業員によって日本エタニットパイプ労働組合(以下、組合という。)が組織され、債権者らパイル社出向の従業員によって組合高松支部が構成され、債権者らはいずれも組合高松支部に所属する組合員である。

4  会社は、昭和五七年一二月一五日、労働協約第三五条一項八号及び就業規則第一六条一項六号に基づき、債権者らに対し、解雇予告手当及び規定退職金を提供し、解雇する旨の意思表示をなした(以下、本件解雇という。)。

二  本件解雇に至る事実関係

当事者間に争いのない事実及び疎明資料によれば、本件解雇に至る経緯ないし事情として次の事実が認められる。

1  会社が製造販売を行っている前記製品のうち会社の経営基盤を支える主力製品は石綿管であり、上・簡水道、農業・工業用水工事に際し、導管として用いられる建築資材であるところから、その需要は、これらいわゆる公共事業の多寡によって大きく左右されるものである。

しかるに、昭和四〇年代に入り、従来、上・簡水道用として大量に使用されていた石綿管の小口径管の破損事故や酸性土壌における腐食破損事故が各地において多発したため、石綿管に対する信頼性に疑問がもたれはじめたうえ、建設省が昭和四四年七月ころより国道下における石綿管の埋設制限の行政指導を行った(現在は県道下においても同様の行政指導が行われている。)ことにより、石綿管は需要先から次第に敬遠されるに至り、更に昭和四五年以降、価格競争力及び工事施工の面において優れている塩化ビニール管の市場進出が始まったこと等により石綿管の需要は逐年減少傾向をたどり、殊に、昭和五五年度以降は公共投資抑制策の浸透もあって、その需要が急激に落ち込んだ。

ちなみに、会社における昭和四七年度以降昭和五六年度までの各年度における石綿管の販売量は次に示すとおりである。

〈省略〉

2  右に述べたように、会社の主力製品である石綿管需要の激減、売上の不振に伴い、会社は昭和五〇年度以降昭和五六年度まで連続七期にわたって経常損失を計上してきた。

ちなみに、昭和五〇年度以降昭和五六年度までの売上高並びに経常損失は次のとおりである。

しかるところ、昭和五七年度以降の経営見通しにおいても、公共投資の抑制並びに塩化ビニール管等競合製品との間における価格競争力の弱さからみて売上高は五一億六六〇〇万円と落ち込み、経常損失も一三億四二〇〇万円余と資本金を超えることが見込まれ、このまま推移すれば、昭和五七年度決算(昭和五八年五月期)においては、債務超過となることは必至の状況となった。

〈省略〉

3  一方、パイル社は、昭和四四年一二月に設立されて以来、昭和四八年度に経常利益を計上した以外は、毎期多額の経常損失を計上し、昭和五四年度末までの累積欠損金額は資本金(当時一億円)の一二倍強に当る一二億四三〇〇万円となるに至った。

ちなみに、パイル社の昭和五〇年度以降昭和五四年度までの売上高、経常損失、未処理損失金及び支払金利の推移を示すと次のとおりである。

パイル社はこのような莫大な累積欠損を消去するとともに、資本金を超える金利負担を免れるために、昭和五五年一〇月、申請外東頴産業株式会社(資本金一一億二〇〇〇万円)を吸収合併し(新資本金一二億二〇〇〇万円)、翌五六年一月一億円に減資し、累積欠損一二億四三〇〇万円のうち一一億二〇〇〇万円を消去し、更に同年五月二億円の増資をし、資本金三億円となった。

〈省略〉

しかるに、主力製品であるパイプ市場が土木建築業界の不振に伴い急激に落ち込み、更に売価も落ち込んだため、パイル社の収益は改善されないばかりか、再び悪化の一途をたどった。

ちなみに、昭和五三年度以降昭和五六年度までのパイルの販売量並びに売価の推移を示すと次のとおりである。

また、昭和五五年度及び昭和五六年度における売上高、経常損失、未処理損失金及び支払金利は次のとおりである。

〈省略〉

〈省略〉

しかるところ、パイル市況の低迷傾向は更に続くことが予想され、昭和五七年度におけるパイルの販売高は前年比約一万屯減の三万屯、売価は昭和五六年度に比し更に三パーセント低減(昭和五三年比では一一パーセント)し、その結果経常損失は約三億八〇〇万円、累積欠損は約八億五一〇〇万円にものぼることが見込まれるに至った。

なお、パイル社の不足資金は、昭和五四年度までは会社及び申請外日本セメント株式会社の支援により、昭和五五年度以降はすべて会社の支援により手当されてきた。

4  この間、会社はかねてより進出していた農業用水部門への販売拡張を更に推進するため、昭和五三年には、全管種にわたりアクリル樹脂塗装を施し、また、国県道下への埋設規制に対処するため、鋼板巻込みの石綿管を規格化する等したほか、昭和五四年には、セメント二次製品からの脱却を図るべく、新商品たる強化プラスチック複合管(商品名ホーバスパイプ)の技術導入を行って昭和五七年一月から製造販売を開始し、経営改善を期することとした。

しかしながら、ホーバスパイプは新規商品であることから、未だ会社の経営を支えるまでには至らず、そのうえ昭和五六年六月には、会社の経営基盤ともいうべき石綿管について雇用保険法施行規則による不況業種指定を受け、更に昭和五七年九月にはホーバスパイプを除く会社の全製品について不況業種指定を受けるまでに需要は落ち込み、現在に至っている。

他方、会社は石綿管需要の減少に伴い、右に述べた経営努力を重ねるとともに、昭和四五年度以降新規採用を中止して人員の削減を図り、また昭和五〇年から昭和五一年にかけて埼玉ヒューム管工場を除く全工場において一時帰休を実施し、更に昭和五〇年以降昭和五七年まで、大宮工場、鳥栖工場及びパイル社より主に埼玉ヒューム管工場へ従業員を長期に出張させる等して、雇用の確保に努めてきたが、このような施策のみでは慢性的な余剰人員対策として不十分であるのみならず、経営の抜本的体質改善に資するところではなかったことから、昭和五五年一一月一五日不採算部門であった蒲田鋳造所の閉鎖を実施し、これに伴い同鋳造所の従業員三八名全員(臨時雇一五名を含む。)が希望退職したほか、大宮工場の土地が、国鉄新幹線用地として収用されたことに伴い、昭和五七年一月、同工場を閉鎖するに際し、大宮工場の在籍従業員について希望退職者の募集を行った結果、同年七月、一〇名がこれに応じた。

5  右に述べたように、会社は種々の経営努力を重ねるとともに新規採用の中止、事業所の閉鎖等人員対策にも取り組み、合理化を推進してきたにもかかわらず客観的経済情勢もあって業績は好転せず、倒産の危険性も出てきたため、新たに抜本的な会社再建計画を推進する必要に迫られた。

また、昭和五七年度上期(昭和五七年六月より一一月まで)の資金繰り予算を作成し、検討したところ、経常損失の増大に伴い、経常収支差引で八億五〇〇〇万円不足し、更に鷲宮工場建設費の支払いとパイル社他への運転資金融資が見込まれることから、一一月までの間に一〇億円を長期運転資金として借入れる必要があるということが判明した。

他方、昭和五七年七月末現在の長短期借入金残高がすでに四四億円強となっており(なお、抵当権設定額は四二億円)、しかも昭和五〇年度以降連続七期経常損失を計上し、その結果七期連続無配という状態で、収益性を欠くことが歴然としていること、殊に、昭和五五年度以降において大幅な赤字を計上しており、東北新幹線建設に伴う大宮工場収用補償金を取り崩すことによって辛うじて債務超過という最悪の事態を免れている等財務状態が劣悪であること、更に、公共事業投資が期待できないこと等不安材料が多いことから、金融機関は、会社が早急に会社再建計画を推進しない限り融資申込には応じかねるとの厳しい対応を示したためなおさら右再建計画の立案が急務となった。

6  以上のように、会社においては、昭和五七年度上期に長期運転資金として一〇億円を金融機関より借り受け調達しない限りその存続は図れない状況であったところ、会社に対する金融機関の見方は厳しく、会社の収益力、財務状態、成長性、担保力等の評価から、早急に固定費を削減し、資金の流出を防止して、収支改善を行う会社再建計画を作成し、これを推進しない限り、融資の申込に応じられない態度を示したので、会社は事業規模の縮少、合理化を図る再建計画を立案する一環として、収益性の期待できないパイル社にこれ以上の資金援助を継続すれば、それだけ資金の流出を伴うことになり会社自体の存続を危うくするとの経営判断から右資金援助を打ち切ることに決定し、その旨パイル社に通告した。

これを受けてパイル社は種々検討を重ねたが、同社にはもはや独自に資金を調達しうる力は残されておらず、しかも、主力製品であるパイル市況の低迷、売価の低落傾向等の悪環境下においては事業を継続することが不可能であると判断し、昭和五七年七月二九日、取締役会において事業所閉鎖を決議した。

これに伴い、パイル社の株主である会社も同日取締役会を開催し、右の閉鎖方針を了承した。

以上のような経緯を踏まえて、会社は、会社再建策について検討を重ねた結果、同年八月中旬

(一) 希望退職者の募集 一四七名

(1)事務職・技術職

全社で 二三名

(2)作業職・特務職

鷲宮工場 八名

鳥栖工場 四七名

埼玉ヒューム管工場 九名

パイル社高松工場 六〇名

(二) パイル社高松工場及び営業部の閉鎖(同年一〇月一五日限り)

(三) 労働条件の見直し

(1)賃金カット

(2)昇給の停止

(3)賞与・一時金の不支給等八項目を骨子とした会社再建案を決定した(以下、本件再建案という。)。

7  会社は、同年八月二七日開催の中央労使協議会において、労働協約第三条「会社の解散・合併・分割・事業所の閉鎖・縮少・操短・休業等、組合員の労働条件に重大な影響を及ぼす場合は、予め組合に内示、協議し了解を得るに努める。」に基づき、組合に対し、本件再建案を内示し、その後同年九月六日開催の中央労使協議会においてこれを正式に提案したところ、組合は同日右協議会の席上において、本件再建案を正式提案として受けとめるとの態度を表明した。

8  そこで、会社は、同年九月九日及び一四日に組合と団体交渉(以下、団交という。)を行い、その席上において会社及びパイル社の過去一〇年間にわたる業績の推移、今後の需要予測等を説明し、このまま推移すれば、昭和五七年度決算(昭和五八年五月期)において、会社は一三億四二〇〇万円もの経常損失を計上し、また、パイル社においても三億八〇〇万円もの経常損失を計上することが必至の情勢であること、会社の現状は一日四〇〇万円、一か月一億円以上の欠損を計上しており、会社の存続自体が極めて困難な状況になっていること等、経営の実情を訴え、組合の理解を求めた。

これに対し、組合は、「提案の全面白紙撤回を基本方針とし、本部・各支部に闘争委員会を確立して実力行使をもって闘う。」、「経営責任を明確化し、そのうえで雇用と生活保障を前提とした再建計画の立案と実施を要求する。」等と主張し、本件再建案に反対の態度を表明した。

そこで、会社は、円満解決を期すべく、本件再建案の骨子の一つであった希望退職者募集の実施時期を当初計画(昭和五七年九月一六日から同月三〇日まで)より延期し、同月二七日から一〇月九日までとし、その間協議を重ねたい旨組合に申し入れたが、組合は「組合としては、白紙撤回を求めていく以外には考えられない。組合と協議が調わないものについては一切認めない。次回、全面白紙撤回するか否か会社の最終的な結論を聞きたい。」旨回答した。

9  会社は、同年九月一六日の第三回団交においても、前述した会社の業務概況を説明するとともに、会社及びパイル社の製品のうちホーバスパイプを除く全製品(石綿管・パイル・ヒューム管)が前記不況業種に指定され、当面会社の業績が回復する見通しのたたないことを縷々説明したが、組合は、会社が本件再建案を全面白紙撤回しない限り交渉の余地はないとして一方的に団交決裂を宣言するとともに、争議通告書をもって、同月二〇日始業時より解決時までの間全面超勤拒否及び組合各支部合計二七名の指名スト並びに作業職・技術職の出張外勤拒否を会社に通告した(なお、組合は、同月二一日、二時間の全面ストライキに突入した。)。

10  その後、会社は、組合の理解を得るべく、同年九月二二日、三〇日、一〇月五日、八日と団交を重ねた後、同月一四日の第八回団交において、会社は、希望退職者の募集期限及びパイル社の閉鎖時期を一一月一五日まで延期し、その間十分協議を尽したい旨提案したところ、組合は一〇月一八日争議行為を全面的に中止して、協議を継続することとし、同月二一日、二六日、二七日、二八日、一一月二日、四日と団交を重ねたが、協議は進展しなかった。

11  以上のように、協議は進展しなかったが、この間にも会社は同年六月から九月までの各月においてそれぞれ一億円余の損失を計上し、またパイル社においても毎月二〇〇〇万円ないし三〇〇〇万円余の損失を計上したことから、もはや猶予はできない状況となったので、会社は同年一一月一一日開催された第一五回団交において、早急に組合の同意を得べく、やむを得ぬ措置として、労働条件の見直しと希望退職条件につき修正提案を行うとともに、退職者の再就職先及び受入れ人員について具体的に説明し、協力を求めた。

これに対し、組合は、同月一五日開催された第一六回団交において、会社に対し、「従前主張してきた本件再建案の全面白紙撤回を撤回し、会社提案に踏み込んで妥協点を見出したい。」との態度を表明すると同時に、経営体制の刷新を含めた経営管理機構の縮少、合理化の要求、本件再建案に対する組合の要望及び組合作成に係るパイル社再建案を提出し、これについての検討方の要請等を会社に申し出たので、会社はこれらの検討を約するとともに、希望退職者の募集期限及びパイル社の閉鎖時期を更に延期し、協議を尽すこととした。

そして、同月一六日、一七日、一八日と団交を重ねた結果、組合も会社の修正提案について基本的に了承し、希望退職者の募集及び労働条件の改訂等につき合意をみるに至った(但し、組合は、退職するか会社に残るかは原則として本人の自由意思で決定する旨付言した。)。

ちなみに、合意内容の主なものは次のとおりである。

(一) 労働条件の変更

賃金カット 今後一年間(昭和五八年一月分から同年一二月分まで)基本給の五パーセントを減額する。

等七項目。

(二) 希望退職者募集要綱

(1)募集人員(既退職者を含む)

イ事務・技術職(含管理職)

全社で 二三名

ロ作業職・特務職

鷲宮工場 八名

鳥栖工場 四七名

埼玉ヒューム管工場 九名

パイル社高松工場 六〇名

ハ合計 一四七名

(なお、「パイル社高松工場六〇名」とあるのは同工場に当時在籍していた作業職全員である。)

(2)募集期間

昭和五七年一一月二二日から同月二九日まで

(3)退職期日

同年一二月六日とする。

(4)再就職の斡旋

会社は、今回希望退職に応じて退職する者で再就職を希望する者に対しては、再就職の斡旋にできるだけの努力をする。

(5)退職条件

イ規定退職金、ロ特別加給金等四項目について合意。

12  会社は、組合との合意に基づき同年一一月二二日から同月二九日までの間、希望退職者を募集した。その結果、作業職・特務職の各事業所別の応募者数は次のとおりである。

〈省略〉

そこで、会社は、一二月六日に開催された第二〇回団交において、右の結果を発表するとともに、先に組合が一一月一五日付で提案したパイル社再建案について、会社でパイル社閉鎖回避の可能性を併せて検討した結果である同案に対する会社の見解を、次の如く示した。

すなわち、まず営業面として組合の示した販売量及び販売価格は、中四国の業界の実情から判断して、到底実現することが不可能であり、先行きの期待も全く持てないこと、次に、資金面では、組合案はある時点で金利を凍結し、不足資金は会社負担というものであるが、これでは会社の再建案が基本的に崩れること、すなわちパイル社の現在の借入金は会社からの五億二四〇〇万円と申請外日本セメント株式会社及び銀行からの五億二〇七〇万円であるが、これに加え一二月にも五〇〇〇万円を借受けねばならない状況にあるところ、会社がこの資金手当をすることはもはやなしえないこと、また、パイル社を会社の機構に組入れる件に関しては、欠損会社を吸収合併することは商法上許されないこと、組合案では、金利を全く零にして、年間一五六〇万円の利益が出る計算をしているが、年間六六〇〇万円にも及ぶ金利の処理には全く言及しておらず、これを会社で負担することはできないこと等詳細にわたって説明した。

そして、会社としては誠に不本意ではあるが、会社がパイル社のために大きな犠牲を払い続けることは、会社自体の倒産を招くので、ことここに至ってはパイル社の事業所を閉鎖するしかなく、「出向者の雇用確保の最終責任を果すには、希望退職者が目標人員を上廻った各工場(鷲宮工場一〇名、鳥栖工場二名、埼玉ヒューム管工場六名)への配置転換(以下、配転と称する。)しかないので、一二月一〇日正午までに申し出て欲しい、また、何らかの事情で配転に応じられない者は退職勧奨に応じて欲しい、これらいずれにも応じない場合には、やむを得ず整理解雇する方法しか残されていない。」旨を明らかにした。

これに対し、組合は一二月九日の第二二回団交において、「前記三工場の不足人員をカバーする配転募集と退職勧奨については会社提案を率直に受け入れたい。方法については、現地で協議し、手続を経たうえで行い、その結果、残存組合員が零の場合は別であるが、一人でも残った場合は整理解雇及び工場閉鎖は認めない。」との態度を表明するに至った。

これに対し、会社は、「パイル社の存続は不可能であるから、配転若しくは退職勧奨のいずれかに是非とも応じて欲しい、さもなくば、整理解雇をせざるを得ない。」旨、再三にわたって説得をしたが、組合は、一人でも残留者があった場合には、工場閉鎖は絶対に認められないとの態度を崩さなかった。

13  パイル社は前記の会社の方針を受けて、出向従業員全員を高松工場に集めて労使協議会を開催し、従来からの会社及び組合との交渉経過の説明を行うとともに、「配転募集の締切は一二月一四日正午までとし、退職勧奨を含めた希望退職者募集は翌一五日までとの中央団交確認にしたがって行うので、是非ともいずれかに応じて欲しい。なお、一三日までに個人面接を行いたい。」旨明らかにした。

その後、パイル社は同月一三日まで、全従業員を対象に個人面接を行い、同月一五日に工場閉鎖をするので、それまでに配転若しくは退職勧奨のいずれかに応じて欲しい、さもなくぼ整理解雇をせざるを得ない。」旨説得を行ったところ、同月一五日、作業職五六名中三八名が希望退職を申し出たが、債権者ら一八名はいずれにも応じなかった。

14  そこで、会社は、同日、債権者らに対し、本件解雇の意思表示をなした。

三  本件解雇の効力

1  労働協約違反の主張について

会社と組合との間で締結されている労働協約第三条には「会社の解散、合併、分割、事業所の閉鎖、縮少、操短、休業等組合員の労働条件に重大な影響を及ぼす場合は、予め組合に内示、協議し了解を得るに努める。」旨のいわゆる協議条項が規定されていることは、当事者間に争いがない。

ところで、右規定の趣旨によれば、本件の如く会社がパイル社の閉鎖に伴い同社に出向している会社の従業員を解雇する場合はこれに該当し、有効に手続を進めるには会社と組合の双方が協議のうえ合意に達することまでは要しないが、かといって単に形式的に協議すれば足りるというものでもなく、労働法上の信義則からいって双方が誠意をもって十分協議を尽し、解雇を回避すべく努力することが必要であると解するのが相当であり、これに違反してなされた解雇は無効というべきである。

これを本件についてみるに、会社は昭和五七年八月二七日にパイル社の閉鎖を含む本件再建案を組合に内示提案して以来労使協議会、団交で延べ二四回にわたり組合との協議を重ねたが、この間会社は、会社及びパイル社の業績の推移、現在の経営状態、今後の展望等につき資料を示して具体的、詳細に説明し、組合の理解を求めたこと、これに対して、組合は、当初本件再建案の全面白紙撤回を要求し、交渉が進展しなかったので、会社は組合との円満解決を期すべく、希望退職者の募集期限を三度、パイル社の閉鎖時期を二度にわたってそれぞれ延期して協議を重ねた結果、労働条件の改訂及び希望退職の条件については譲歩をしたこと、パイル社の閉鎖については、組合提出の再建案を含め更に検討した結果、閉鎖はやむをえないという結論に達し、かつ、会社の経営状態はもはやこれ以上猶予できないという状況となってきたので、会社はパイル社の従業員について再度の希望退職者の募集及び従前の案に加えて配転募集を行い、これに応じなければ整理解雇することを予告したうえで同年一二月一五日同社を閉鎖すると同時に、右のいずれにも応じなかった債権者らを解雇したこと等前記認定の本件解雇に至る協議経過に照らせば、会社としては前記労働協約第三条に基づく協議義務を尽したものと認められる。

もっとも、債権者らは、労働協約には「語義」として『(注)一、第四条、職制変更、第一九条異動における「通知」とは会社の決定意思を組合に通知することであり、第三条組織変更、第一九条、異動における「内示」とは、それ以前の状態に於て組合に通知することを言う。』旨規定されているところから、右規定にいう「内示」とは会社が確定した意思決定をする以前に、換言すれば、会社の方針案の段階でこれを組合に通知することを意味すると解するのが相当であるとし、本件の場合、会社は、右「内示」を単なる非公式通知ととらえ、パイル社の閉鎖、全員整理解雇を既定の方針として確定的に決定していたものであって、組合との協議による変更は全く考えていなかったものであるから、会社の通知は「内示」ではなく、確定した方針を前提としての協議であるから前記労働協約第三条にいう「協議」に値しない旨主張する。

しかしながら、そもそも前記労働協約第三条の趣旨とするところは、会社が同条に定める諸施策を実施する場合にはその実施に先立ち、組合と十分に協議を尽すべきことにあり、右の趣旨からすれば、会社の決定した方針が労使協議の結果如何により変更すべき合理的理由があれば同方針につき更に検討し改めて対応を決定する可能性を容認するものであれば、必ずしも右規定には違反しないというべきである(以上のように解する限り、方針案として組合に提示したのかあるいは会社の決定意思として組合に提示したのかという問題すなわち前記「内示」か「通知」かの点は、結局言葉の問題にすぎないということに帰着する。)。

そして、本件において会社は、前記のとおり、希望退職者の募集期限を三度、パイル社の閉鎖時期を二度にわたってそれぞれ延期し、協議を重ねた結果、労働条件の改訂及び希望退職条件については譲歩をし、更には、パイル社閉鎖回避の可能性も検討し、結果としては、パイル社の閉鎖については変更こそしなかったものの、新たに、配転を募集し、希望退職者の募集も再度実施したこと等組合との協議の過程において柔軟な対応を示していること、また会社が組合提出のパイル社再建案を採用せず、パイル社の閉鎖方針を変更しなかったのは、前記のとおり、右再建案では到底再建できる見込がなく、当初の方針を変更すべき合理性がなかったことが理由であることに鑑みれば、債権者らが主張する如く、会社が変更の余地を認めない確定的方針を有し、同方針をもって協議に臨んだものとは認められない。

なお、債権者らは、会社の前記配転募集は、パイル社に在籍する従業員がいずれも現地採用者で地元に定着しており、過去数度に及ぶ配転募集にも応ずるものがほとんどなかった経緯等からして、配転を募集してみてもこれに応ずる者はほとんどいないであろうことを見越したうえで、会社の一貫したパイル社閉鎖の方針を糊塗するために行ったものであり、このことは会社が配転先の受入れ態勢を示すでもなく、また配転に応じた場合の転勤の取扱いを告知するでもなかったことから明らかである旨主張するが、疎明資料によれば、転勤に際しての条件は会社の賃金規程、旅費規程等及び労働協約で規定化されており、また組合からの条件の上乗せ要求もなかったこと及び債権者ら作業職の勤務する工場は、パイル社高松工場以外では、鷲宮工場、埼玉ヒューム管工場、鳥栖工場であることが認められ、かつ債権者らから受入れ態勢、転勤の取扱い等について格別質疑の出されたことがあったものとも認められないから、会社から右各事由の提示がなかったからといって直ちに配転募集が見せかけだけのものであるとは認められない。

よって、債権者らの右労働協約違反の主張は理由がなく採用できない。

2  覚書違反の主張について

当事者間に争いのない事実及び疎明資料によれば、会社がパイル社の事業縮少を理由として、昭和四七年四月三〇日付で、パイル社への出向従業員のうち三五名を指名解雇したことにより、被解雇者である三五名全員が、会社を相手方として地位保全仮処分命令の申請を高松地方裁判所に申し立て、右は同庁昭和四七年(ヨ)第三七号事件として係属したが、同年六月二四日、会社と組合との間において、会社は三五名全員の解雇を撤回するとともに、今後は労働者の身分の安定を経営の基礎として、解雇が前提となる経営策は提案しないことを主旨とする覚書が締結され、同月二七日右仮処分申請が取り下げられたことが認められるところ、債権者らは本件解雇は右覚書に違反して無効である旨主張する。

しかしながら、組合が本件再建案について実質協議に応じたことは前記認定のとおりであり、またそもそも右覚書が合理化を推進しなければ会社が倒産する危険性があるという場合にも絶対に事業所閉鎖及びこれに伴う人員整理をしてはならないという趣旨であるとは到底解せられず(もしそうでなければ、企業倒産による全員解雇という事態をも招きかねない。)、前記認定した経過でなされた本件解雇は右覚書に抵触しないというべきである。

ちなみに、前記のとおり会社は、右覚書締結の後である昭和五五年蒲田鋳造所の閉鎖を決定、実施し、それに伴い同鋳造所に勤務していた作業職全員が希望退職している。

よって、債権者らの右覚書違反の主張も理由がなく採用できない。

3  解雇権濫用の主張について

前述のとおり、本件解雇の解雇事由は、会社が子会社であるパイル社に対する資金援助を打ち切り同社の閉鎖を事実上決定したことが、労働協約第三五条一項八号及び就業規則第一六条一項六号にいう「已むを得ざる事由のため事業継続不可能となった時」に該当するというものであるところ、右解雇が有効であるための要件としては、解雇が従業員の生活に重大な影響を及ぼすものであることに鑑み、(一)パイル社を閉鎖することが企業の合理的運営上やむを得ない必要に基づくものと認められる場合であること、(二)会社が従業員の解雇を回避すべくできうる限りの努力を払ったこと、(三)解雇の手続が信義則に反しないことを要すると解するのが相当である。

(一) そこで、まず会社が決定、実施したパイル社の閉鎖措置が企業の合理的運営上やむを得ない必要に基づくものであったか否かの点について検討するに、会社はその主力製品である石綿管の需要が減少し売上不振となったのに伴い、昭和五〇年度以降赤字が続き、昭和五六年度には八億一〇〇〇万円という経常損失を計上したが、昭和五七年度以降においても、業績が早急に回復する兆しや見通しは全くなく、昭和五七年度の経常損失は一三億四二〇〇万円余と見込まれ債務超過となることが必至の状況に追い込まれていたことは前記認定のとおりであるから、右のような状況でそのまま推移すれば、早晩会社が倒産する事態も十分予測できる状況にあったものといわざるをえず、このため、会社においては、会社再建のため事業規模の縮少及びそれに伴う人員整理を含めた抜本的な経営合理化を実施する差し迫った必要性が存したものと認められる。

しかも、前記のとおり、会社においてその資金繰りを検討した結果によれば、会社としては、昭和五七年度上期に長期運転資金として一〇億円を必要とすることが見込まれ、これを金融機関より借り受け調達しない限り会社の存続は図れない状況に追い込まれていたところ、金融機関は、右のような会社の経営状態から早急に固定費を削減し、資金の流出を防止して、収支改善を行う会社再建計画を作成し、これを推進しない限り融資の申込には応じられないとの厳しい対応を示したため会社としても右会社再建計画の立案がなおのこと緊急必要のこととなり、それ故その一環として、パイル社すなわち昭和四四年一二月に設立されて以来、昭和四八年度に経常利益を計上した以外毎期赤字という状態が続き、昭和五六年度の累積欠損額が五億四三〇〇万円で、昭和五七年度においても約三億八〇〇万円の経常損失が見込まれる等業績回復の兆しが全く見られないばかりか、このまま経営を存続すれば、かえって更に経常損失、未処理損失金の累積増大が見込まれる子会社パイル社に対する資金援助を打ち切ることにし(会社が資金援助を打ち切れば、パイル社が独自に資金を調達して事業を継続していくことはまず不可能であるから、会社の右措置は事実上パイル社の閉鎖を決定したことを意味する。)、これにより閉鎖したパイル社の工場敷地を売却することを条件として昭和五二年一二月ようやく金融機関から一〇億円の融資を受けることができた(仮に、右の融資が得られなかったとすれば、会社が倒産する危険性は一層増大する。)というのであるから、パイル社の閉鎖は会社として企業の合理的運営上やむを得ない措置であったといわなければならない。

これに対し、債権者らは、会社において真摯に企業努力を尽せば、パイル社の営業を継続し、更には業績を向上させることが客観的にみて十分可能な状況にあったにもかかわらず、会社は尽すべき企業努力を尽すことなく、パイル社出向の従業員のみに負担をしわ寄せする安易不当な方策をたてて、これをパイル社に押し付け強引に閉鎖したものである旨主張するが、パイル社の業績が回復する見込みは全く立っていないこと及びパイル社の経営を継続すればパイル社自身更に経常損失、未処理損失金の増大が見込まれていたうえ会社自体も倒産の危殆に瀕している状況にあったことは前記認定のとおりであり、また会社及びパイル社が右のような状況に陥った点については、コンクリート製の管の需要の減少という経済情勢の変動等客観的要因も多く存するのであって、これを一概にすべて会社の経営者側の責任であるものともいいえないから(会社としてもこれまで既に何回か経営の体質改善を図るための合理化を実施してきたことは、前記認定のとおりであり、また疎明資料によれば、パイル社においても新製品の開発等経営努力を重ねてきたことが認められる。)、債権者らの主張は採用し難いものといわなければならない。

更に、債権者らは、パイル社におけるヒューム管部門は、収益をあげていたのであるから、事業を右部門に縮少すれば、債権者ら一八名の手によって事業の再開、継続を図って行くことは十分可能であること、他方、パイル社の工場敷地は、文化財保護法の適用を受け、かつ、都市計画法所定の住居地域であるので、容易に他に売却し、あるいは他の目的に使用することはできないから、会社の方針はともかく、現実には広大な敷地並びに工場施設を長期にわたって遊休させることになることは必至であり、それならばむしろ、債権者らの手で事業を再開する方が金利面等においても有利である旨主張する。

そこで、検討するに、疎明資料によれば、確かにヒューム管部門のみについてみると、昭和五五年度で二七〇〇万円、昭和五六年度で一〇〇〇万円の荒利益を計上しているものの、企業経営上必要とする一般管理費及び負担する金利等を差引けば経常損益の段階では欠損となること、債権者ら一八名で事業を再開、継続した場合の採算を試算してみても右と同様欠損が見込まれること(なお、パイル社は事業閉鎖に伴い、既に昭和五七年一二月香川県ヒューム管協同組合を脱退しており、したがって製造した製品を販売することは事実上不可能な状態となっていること。)が認められるから、債権者らの右主張もまた採用し難いものといわなければならない(なお、疎明資料によれば、パイル社の工場敷地は、文化財保護法の適用を受け、かつ、都市計画法所定の住居地域であることは認められるが、それがため右土地の売却が困難であるとは直ちにはいえない。)。

また、仮に、パイル社の敷地の一部を売却処分して同社の累積欠損の一部消去と金利負担の軽減を行い、そのうえでヒューム管部門での事業継続を図るとしても、疎明資料によれば、ヒューム管製作の事業を継続するためには置場を含めて約一万坪を必要とすることが見込まれるからその場合には処分可能面積が約二分の一となるところ、同部分を換価処分しその代価を累積欠損の消去又は借入金の弁済に充当するとしても、それでは、借入金の一部は返済できたとしても、昭和五八年一月末現在で一二億八一〇〇万円もある借入金全部を返済することはできず、依然として、金利負担及びヒューム管の製造販売をする企業経営としての収益性の問題は残ることが認められるし、更に会社は、前記のとおりパイル社の敷地を売却次第返済する条件で、昭和五七年一二月銀行から一〇億円を借り入れたものであるところ、債権者らの案によれば、右借入金の返済の目途が立たなくなる恐れがあり、仮に、そのような事態を招来すれば、会社の信用は失墜して倒産する可能性は極めて高くなり、パイル社の事業継続も不可能になるものといわざるをえない。

(二) 次に、会社がパイル社の閉鎖に伴う従業員の解雇を回避すべくできうる限りの努力を払ったかどうかについて検討するに、会社は、前記認定のとおり、パイル社を含め全社的に希望退職者を募集したところ、パイル社を除く他の三工場では目標を上廻る応募人員があったものの、パイル社においては目標数を大きく下廻ったため、パイル社の従業員の取扱いについて検討を重ねた結果、解雇を回避するために再度希望退職者を募集するとともに一八名については社内配転により吸収することにし、これに応じなければ整理解雇する旨予告したうえでこれに応じなかった債権者らを解雇したものであるから、会社としても極力解雇を回避すべく努力したものと認められる(なお、債権者ら作業職の勤務する工場は、パイル社高松工場以外では埼玉県の鷲宮工場と埼玉ヒューム管工場及び佐賀県の鳥栖工場にしかないことは前記認定のとおりであるから、配転先が遠隔地であることをもって会社が解雇を回避すべきことを怠ったということはできないし、また配転募集期間が短期間であったことについても、前述したとおり会社の経営状態からしてパイル社の閉鎖を更に延期することは許されない状況にあったものというべきであるから、この点についても右事由のために会社が解雇を回避すべきことを怠ったということはできないものといわなければならない。)。

(三) 更に、解雇手続の点について検討するに、前述したとおり会社は労働協約第三条に基づき組合との協議に臨み、しかるべき手順、段階を踏んだうえで本件解雇に至った経緯に照らせば、本件解雇手続に信義則違反の事実があったものとは認められず、他に右事実を認めるに足りる疎明はない。

よって、債権者らの解雇権濫用の主張もまた理由がなく採用できない。

四  結論

以上の次第で、債権者らに対する本件解雇の意思表示はいずれも有効であるから、これが無効であることを前提として債権者らの地位保全を求める本件申請は、その被保全権利について疎明がないというべきであり、事案の性質上保証を立てさせて右疎明に代えることは相当でないので、その余の点について判断するまでもなく、理由がないから失当としていずれもこれを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 菅浩行 裁判官 井上郁夫 裁判官 角隆博)

申請の趣旨

債権者らが、債務者会社の従業員たる地位を有することを仮に定める。

との裁判を求める。

申請の理由

一 債権者らは、いずれも債務者会社の従業員である。

なお、解雇当時の職種、入社年月日、社内経歴、および賃金(基本給、各種手当合計額)は、別紙債権者目録記載のとおり。

債権者らは、いずれも債務者会社の子会社であるエタニットパイル株式会社(本店、工場の所在地は高松市屋島西町二二七六番地)に出向されて、同工場において勤務してきた。

債権者らは、債務者会社の従業員で組織されている日本エタニットパイプ労働組合(全国セメント労働組合連合会「略称全セ労連」に加盟)の組合員である。

なお、右エタニットパイル株式会社において勤務する組合員によって、日本エタニットパイプ労働組合高松支部(法人格を有する)を組織している。

二 債務者会社は、石綿セメント管、コンクリート管等の製造販売を業とする資本金一〇億八六〇〇万円の株式会社であり、東京に本社、埼玉県入間郡毛呂山町、埼玉県北葛飾郡鷲宮町、佐賀県鳥栖市にそれぞれ工場を置いている。

債務者会社は、エタニットパイル株式会社の工場敷地である宅地五万一五〇〇平方メートル(ただし公簿面積)を所有して現在に及んでおり、同所に債務者会社高松工場を置いていたのであるが、昭和四四年一二月一八日、債務者会社と日本セメント株式会社とが各五〇パーセントの持株(昭和五六年五月現在資本金三億円)でエタニットパイル株式会社を設立し、右高松工場の業務を同新設会社に移し、かつ、高松工場勤務の従業員を全員同新設会社に出向させた。

ちなみに、債務者会社の筆頭株主は、わが国セメント製造業四大大手企業のひとつである日本セメント株式会社(三三パーセント)であり、債務者会社は、日本セメント株式会社の子会社、エタニットパイル株式会社は債務者会社の子会社であり、日本セメント株式会社の孫会社である。

債権者らが、エタニットパイル株式会社に出向した時期は、別紙債権者目録出向年月日欄記載のとおりである。債権者らは、以後、出向社員として同社工場に勤務してきているが、債務者会社の従業員であることにかわりはなく、賃金等も、エタニットパイル社を経由するという事務処理はなされていたものの、債務者会社から支払われていたものである。

三 エタニットパイル株式会社は、昭和五七年一二月一五日限り、営業を停止する旨を公示し、これに呼応して、債務者会社は、退職の働きかけに応ずることなくふみ止まっていた作業職の従業員一八名全員に対し、同日限り解雇する旨の意思表示をなし、以後、債権者らの就労要求にもかかわらず、これに応じない。

四 しかしながら、右解雇の意思表示は、以下に述べる理由により無効であるので、債権者らは、なお債務者会社の従業員である。

(一) 労働協約協議条項違反

(1) 債務者会社と日本エタニットパイプ労働組合との間で締結されている労働協約第三条には、左記のとおりの協議条項がある。

「会社の解散、合併、分割、事務所の閉鎖、縮少、操短、休業等組合員の労働条件に重大な影響を及ぼす場合は、予め組合に内示、協議し了解を得るに努める。」

(2) 債務者会社は、昭和四七年四月三〇日付で、エタニットパイル株式会社への出向従業員(なお、同社において勤務する従業員は、全員債務者会社もしくは日本セメント株式会社からの出向者である)のうち三五名を、エタニットパイル株式会社の事業縮少を理由として、指名解雇したことがあったが、その際、右協議条項を遵守しないなどの違法があったため、被解雇者三五名全員は、債務者会社を相手どり、地位保全仮処分命令申請をなし、右は御庁昭和四七年(ヨ)第三七号事件として係属した。この審理の過程で、債務者会社は、非を認めるにいたったので、昭和四七年六月二四日、日本エタニットパイプ労働組合との間で、三五名全員の解雇を撤回するとともに、今後は労働者の身分の安定を基礎として、解雇が前提となる経営策は提案しないこととする等を内容とする協定を締結し、右仮処分申請は同月二七日取下げられた。

(3) 右の経過からも明らかなように、債務者会社はその子会社であるエタニットパイル株式会社の営業を停止することに伴なって、出向社員全員を解雇するが如き事態にあたっては、予め組合と協議してその了解を得るよう努めなければならないにもかかわらず、これを怠り、債務者会社の経営策を一方的に押しつけて、本件解雇に及んでいる。

しかも、エタニットパイル株式会社への出向従業員については、解雇を前提とする経営策は提案しないとの協定があるにもかかわらず、これをも無視している。

よって、本件解雇は、労働協約に二重に違反した違法なものであり、無効である。

(二) 解雇権の乱用

(1) エタニットパイル株式会社は、もと債務者会社高松工場として昭和八年に現在地に設置され、昭和三八年には高松市工場設置奨励条例の適用を受けて優遇されて発展してきたものであったが、前述のとおり、分離されて別会社とされたものである。したがって、高松工場の時代から作業職従業員は、地元出身者によって構成されていた。

(2) 工場敷地は、債務者会社の所有にとどめられているので、エタニットパイル株式会社固有の資産としては、機械、製品、原材料等の外には見るべきものがない。

(3) 債務者会社は、昭和五七年八月二三日、日本セメント株式会社のエタニットパイル株式会社持株すべてを買収したので、以後、同社の株式一〇〇パーセントを有するにいたっている。法人格を異にしてはいるものの、エタニットパイル株式会社は、経済的、社会的に、債務者会社と一身同体である。

(4) 債務者会社の代表取締役三谷繁は、エタニットパイル株式会社の取締役であり、同社の代表取締役相良敏明は、債務者会社の取締役である。

(5) 今般のエタニットパイル株式会社の営業停止が、債務者会社の意向に従ったものであることは疑いないところであるが、また、かねてからの高松市の恩顧ひいては高松市民の期待を裏切り、従業員その他の関係者を切捨てる非情にして利己的な態度であることも疑いないところである。

(6) よしんば、エタニットパイル株式会社の現今の営業種目に一部不況のものがあるとしても、他種目に比重を移し、新種目を開拡するなど営業努力をつくす余地は多分に残されているうえに、親会社である債務者会社等からの資金援助を講ずるなどすれば、営業を継続することは十分に可能である。

しかるに、かかる努力をつくすこともなく、同会社の営業停止を理由にしてなされた本件解雇は、解雇権の乱用というべく、無効である。

五 債権者らは、依然として債務者会社の従業員であるにもかかわらず、就労を拒否され賃金を支払われないなど従業員として取扱われておらず、回復し難い損害を受けているので、本申請に及んだ。

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